食物なきところに生命現象なし

 私は、今から40年ほど前に『食養講義録』初級編9時間、中級編12時間のテープを出しました。残念ながら上級編は出さずじまいでした。若気の至りか、偉そうな目次に、今思うと少し気恥しい思いがします。

それでも、マクロビオティック(食養)の創始者 桜沢如一先生、そしてその意志を継がれた大森英桜先生、小川法慶先生、沖正弘先生、久司道夫先生たちに師事をして、集大成と思って語りついだ21時間分の講義録でした。

2024年は、80歳とマクロビオティック歴52年を記念して何か残せるものを作りたいと思っています。と申しますのも、いよいよ『地球環境の傷み具合』『人類の不健康さ』『戦争の危機』等々待ったなしの様相を呈しております。

人類のオロカさが、自然破壊や、食や水の不自然さ、憎しみの連鎖の殺し合い等々、もうこの世のモノとは思えないヒドさです。

古代ギリシャの哲学者プラトンの『肉食をすれば医者が必要となり、土地と食べ物が足りなくなって戦争が起こって国が亡ぶ!!』と、食と戦争の関連性まで踏み込んだ考察はどこから来たものでしょう。


驚きを超えています。さらに同じ古代ギリシャの医聖ヒポクラテスの『自然から遠ざかれば、遠ざかるほど人は病み』『食べ物で治せない病気は、医者にも治せない』と言う言葉は、2500年も昔の言葉とは思えません。現代の環境汚染や農薬や食品添加物の害を目の当たりにしたら、何と表現されることでしょう。

どうしてもっと自然なモノを作り、食そうとしないのか!!と天を仰ぐことでしょう。

そして、さらに驚くことにヒポクラテスを医聖として欧米も中国も日本も医者の鑑として絶賛している西洋医学の実態に空いた口が塞がりません。

桜沢如一先生は

『医者に病気を治してもらうのは、ドロボーに留守番を頼むようなモノ』と大笑いしているのです。『新食養療法』(日本CI協会刊)の序論で次のように書いています。

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一九四七(昭和22年)・四・二六のTIME に次の様なコトが出ていた。「戦後はじめて世界中の一流の医学者がニューヨークにあつまった。その会議で三十年もケンビキョー的研究に没頭したDr John A. Ryle教授(オクスフォード大学医学部)が次の如き声明を発表したー

―今こそケンビキョー的な医学を望遠鏡的医学に切りかえるべき時である。我々は人間の家庭の一員として、又さらに大きな社会の一員として、その健康や病気と、彼の生活やシゴトとかたくむすびついたモノとして見なくてはならない時が来たのだ。

(一)一体全体ナニが健康な人を健康にしているのか?

(二)前には少かった胃カイヨーが、二〇世紀になってモノスゴクふえたのはナゼか?

(三)ウエルスの死産率や、ブリテンの結核が栄養不足の戦争中グッとへったのはナゼか?

(四)ナゼ労働者は技術者の二倍も胃ガンやヒフガンで死ぬのか?

(五)ナゼ医者は農夫の十二倍もキョーシン症で死ぬのか?

ワレワレはかくの如き問題について何もしらないのだ。こんな重大な問題をワレワレはこれから研究しなくてはならない」

又、同じ会議で、バルトロメイ病院のサー・ホールダー博士は次の如き声明をした!

「医者は健康のための処方をかかなくてはならない。・・・・将来、医者のシゴトはマスマス教育的になり、マスマス治癒をしないものにならなくてはならない。医者は不適者(劣者、弱者)を適者たらしめるためよりも、適者(強者)を適者たらしめるために努力することにるであろう』四十余年前から私の主張して来たのと同じ主張を、欧米の権威の口からきく様な日がツイニ来たことを私はオモシロイと思う。

ドーヤラ私のこの国におけるこの方面のシゴトもなくなる日が近づいた。ありがたいコトだ。ソコデ私はオキミヤゲにこの本をのこしておく。不完全な私の食生活だけの指導によって健康をとりもどした数十万の人々や、またコレカラ健康をとりもどす数百万の人々が、こんどは、幸福への道を、天国のカギを発見されるように、その道しるべとしても本書はヤクにたつだろう。

幸福にならないのなら健康になったところで、ナンのイミもない。むしろ苦しみであり、ナヤミであろう。幸福への道!それは前人未踏の道である。私はソレを私のために、はじめて切りひらいた。ソレを人々にためしてもらいたいのである。


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阿部一理(記)

『食物なきところ、生命現象なし』By 桜沢如一

の言葉ほど、今大切にしなければならない言葉はないと思います。『食物の危機』は『生命現象の危機』であります。

さぁ、全人類80億人が力を合わせて、

病のない、飢えない、争わない世界を、

ユートピアを作ろうではありませんか!!

浸水玄米はスバラシイ☆彡


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