「原発は要らない!!」 

 元京都大学助教授の槌田劭(つちだたかし)さん(専攻は金属物理学だが原発も研究)は、

若くして原発に疑問を感じて京都大学を退職したのであった。

「脱原発・共生への道」(樹心社)


「原発事故後の日本を生きるということ」(共著:農文協)などに詳しいが、有機農業や味噌づくりを実践していた矢先に福島第一原発の事故。

その一報を、福井の「有機農法研究会」当日の全国大会で知った。

その時「アー、ついに起きてしまった。命がけで反対して来なかった」と自分を責めた。

後に大飯原発の再稼働に反対して氏は、京都駅前で死ぬ覚悟でハンガーストライキに入った。

このことは、あまり知られていない。

『稼働した時は死を選ぶつもりでした。』と直接ご本人から聞いた時は、あの優しい風貌のどこに、この強靭の精神があるのだろうと、強烈な印象は、今も脳裏から離れない。

氏は、水俣病の原告側の証人として

「あれは水俣病と呼ばずに、水俣事件と呼ぶべきだ!!

そして、原子力発電所は『原子破壊力発電所』と称すべき」と語る。

言葉は大切。言い得て妙とはこのことか。

なるほど、自然界にはあり得ない原子の破壊力を応用した爆弾が原子爆弾であり、原子力発電所なのである。絶対に人類が手にしてはならないものであった。

原子破壊力発電所!!全世界の人々がこう呼ぶようになって欲しいものだ。

一日でも早く待たれているのである。

何種類かのフリーエネルギーが実現間近かと聞いている。

いよいよ、エネルギー部門の解決は近い。

としたら遺伝子組み換えが今後の一番の問題となるかと思われる。

これは手強い難問中の難問である。

 話は変わりますが、

東京電力の一社員の労働災害申請のニュースが10月末流れた。

賠償業務を担当した35歳の男性は「少しでも多くの被害者に償いしたい心情で、どうにもならない賠償基準のはざまで苦しんだ。

多くの同僚が辞める中で、新たな仕事が増え、ついに病気になって働けなくなった。休職に追い込まれる半年ほど前から睡眠時間は3~4時間に。

ひたすら謝るしかない青年は、多い時は、一人で百八十社を担当。相手から三時間叱られ続けたこともあった。

ひょんな事でこの青年と出会ったとき、原発の事故がどれほど多くの人の生活をメチャメチャにしているのか、全く異なった側面から知らされたのであった。

今回は、「洪水」と「原発事故」についてあえて事件と呼びたいと。

声を大にして叫びたい。

そしてその責任は、国民の一人一人も負わなければならないと強調したいのである。

『声を挙げない無関心な者も、無策な政治家や東京電力と同じ責めがあるのだ』と。

槌田劭先生は教えてくれている。

そのもの言わぬアナタ、アナタも私も実は加害者として未来の人たちから糾弾されるであろう。

未来があれば、の話だが・・・・。



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